暗中威風風

 まず顔を洗う。直ぐには流さない。そのまま頭を洗う。
 石けんやタオルの位置は最初から大体見当をつけてある。だから、シャンプーだって迷うことはない。 まだ、泡泡を流さない。首から上はシャボンで埋まっているが慌てない。平然とおもむろにタオルを手にとって石けんで泡立てる。
 ヘマをしでかさないように細心の注意を払う。手探りでもしようものなら馬鹿なことをやっていると直ぐにばれてしまう。大人の威厳を持って迷わないようにしっかり頭の中でイメージしなければいけない。
 タオルでいかにも楽しそうに体を洗う。ここまで無事到達すればもう正面の鏡を見たって意味がないのだから、目が見えなくたって影響はない。
 後はシャワーで体の泡を一気に上から下まで流すだけだ。
 
 目に頼らず他の感覚を頼りに動く。
 
 犬の散歩中に目を瞑る。真っ直ぐの何もない公園でも50歩を目指すが、30歩が限界だ。犬をもう少し盲導犬としても使えるように訓練しておけば良かったけど、時々だがヒモに繋がれている連れ合いを気にしないで狭い木陰をくぐり抜けようとするので、イマイチ信用がおけない。
 もっとも相方が何も見ていなくて自分を頼りにしているとは夢にも思っていないのだろうから過度の期待は禁物だ。
 
 いつもアトもう一歩と勇気を奮い立たせようと念じるのだが転ばぬ先の杖のない目に見えない向こうには恐怖だけがどんどん膨れあがっていく。
 何もない一歩なんだけど。